カズオ・イシグロ『クララとお日さま』感想とあらすじ|AFがもつ胸いっぱいの愛情と孤独

カズオ・イシグロの最新作『クララとお日さま』を読みました。

これまでイシグロ作品は全作品を読んでおり、今回も発売を楽しみにしていました。

ただ、今回は発売前の情報として、人工知能をもつアンドロイドと少女の物語ということを聞いていて、一抹の不安もありました。

正直、『A.I.』をはじめとした映画でやり尽くされている題材ではないかと感じていました。

それを2021年のタイミングでイシグロが取り上げるのことにどのような意味があるのか、果たして新鮮味があるのか、飽きずに最後まで読めるかのかなど、読み始めるまでうっすらと考えていました。

結果、『クララとお日さま』はイシグロの本領が発揮された素晴らしい小説でした。

今日はカズオ・イシグロの『クララとお日さま』を紹介します!

映画化も決まっている『クララとお日さま』、ぜひこの機会にチェックしてみてください。

『クララとお日さま』とは?

クララとお日さま書影

ノーベル文学賞受賞後の初作品

『クララとおひさま』は2017年にノーベル文学賞を受賞したカズオ・イシグロによる受賞後第一作の小説です。

2021年3月2日(火)に世界同時発売されました。

日本では『日の名残り』や『わたしを離さないで』の土屋政雄が翻訳を担当、紙の書籍のほか電子書籍やオーディオブックで発売されました。

どんな作品?

カズオ・イシグロの作品は、これまで『日の名残り』や『浮世の画家』ような時代の転換点を生きる個人をすえた小説や、『充たされざる者』のような実験的な不条理小説、『忘れられた巨人』のようなイギリス史を題材とした小説まで、幅広い作風で知られています。

『クララとお日さま』は近未来の技術革新がもらした社会の歪がもたらす物語を描きだしていて、イシグロ作品では『わたしを離さないで』がイメージとして近いです。

イシグロ作品特有の一人称語りは健在で、世界トップクラスの作家による小説技巧が全編を通していきています。

作品を一言で語れば「クララという人工知能をもったロボットの一人称小説」です。

クララとお日さまの世界観

クララはAFと呼ばれる人工知能をもったAIロボットです。

小説世界では子供の成長に合わせてAF(人工親友)を購入し、子供の成長をサポートするのが流行となっています。

AFを購入する年齢に近づくと、親子で連れ立ってAFショップに立ち寄り、子供に合うAFを探します。

AFによって能力や個性が違い、何度もお店に通っては自分に合うAFを探し出します。

最新式と旧式でも人気や搭載されている能力が異なり、作品内ではB3型が最新式として描かれています。クララは最新式より一つ前の型で、AFは新しい型のAFが発売されると自分たちは不要になるのではと心配しています。

また、人間の社会でも合理化が進められており、向上処置という遺伝子編集がおこなわれていました。

クララを購入したジョジーという少女も向上処置を受けています。幼馴染で将来を約束しているリックは向上処置を受けておらず、子供社会の中で蔑まれています。

向上措置には命の危険も伴うので、子供に向上措置を受けさせない親もいますが、将来的な社会での安定を考えて向上措置を選ぶ親もいます。

この小説はクララというAFと、向上措置を受けてから病弱となったジョジーを中心に進んでいきます。

感想とあらすじ

海から昇る太陽

クララとお日さまのあらすじ

『クララとお日さま』は5部構成になっています。

ここでは第1部までのあらすじを紹介します。

クララはたくさんのAFとともに店頭に並び、購入してくれる子供を待っています。

ローザやレックスという同期のAFとともに、ふざけあったり喧嘩をしたりして過ごしています。

AFは太陽エネルギーで動き、記憶もあり、雑誌を読む子までいます。

お店には人間の店長さんもいて、クララは店長さんにたくさんの質問をして人間の生活について学んでいます。

皆んなはお店のなかの目立つ場所に立ちたがり、一番の人気はショーウィンドウです。子供に目をとめてもらい、選ばれるのを待っています。

クララは少し変わったAFで、ショーウィンドウに立って人間の振る舞いや感情を観察しています。特に記憶力に優れ、人の歩き方まで模写ができます。

クララはお日さまが大好きです。特に物乞いの男性が路上で動かなくなったとき、強い日差しが彼にあたり、また起き上がれたという状況を目撃しました。
クララはそれ以来、お日さまから特別な栄養を受けることができるのだと確信します。
また同じく空気汚染をひきおこすクーティングズ・マシンを心から嫌悪しています。

ある日、ジョジーという14歳くらいの女の子がお店の前を通り過ぎます。ショーウィンドウに立つクララに興味を持ちます。
一緒にいる母親とは少しギクシャクした関係のようです。

後日、ジョジーがまたショーウィンドウにやってきます。ジョジーはクララに家に来てほしいと告げ、クララも頷きます。
ジョジーは母親を気にかけていて、その日はそこを立ち去ります。

それからまた日がたち、お店に新型のAFが入荷し始めて、旧型になったクララに特別価格がつけられたころ、ジョジーが母親と店内にやってきます。

ジョジーはクララが良いといいます。母親はクララをテストし、クララの記憶力を試すために、ジョジーの歩き方の真似をさせます。
クララは完璧にジョジーの歩き方を再現します。

観察と学習への意欲が高いことが認められ、母親はクララをジョジーのAFとして迎え入れることに決めました。

それからクララとジョジーたちの生活がはじまります。

感想①クララの太陽信仰

物語の中で印象に残っていのはAF(AIロボット)であるクララの太陽信仰です。

AFは太陽エネルギーをもとに動いていて、クララは太陽光を栄養や恵みという言葉で表現しています。

なので、AFショップ内でもお日様が差し込む店頭が人気の場所となっています。

クララはずっと太陽光が差し込むことで、できるお日様模様を探しています。

ときに太陽は特別な栄養をさずけてくれると信じています。

作中において、人間は誰も太陽を大事にしていません。

太陽エネルギーで動く人工知能ロボットが、それゆえに昔の人間社会のような太陽信仰を持ち得るというのがとても印象的でした。

感想②人間がロボットになり、ロボットが人間になっていく

人間社会はより合理化され、向上処置を受けた子供を特別とみなしています。

ジョジーの幼馴染のリックは向上処置を受けていないために他の子供から馬鹿にされ、教育のチャンスも逃しています。

子供たちは完全にリモートで教育を受けており、社交性を身につけるために交流会の場をわざわざ設けています。

一方でクララはよく人の感情を観察し、自分もまた感情を持つと考えています。

人間の内面や振る舞いまで真似することができ、怖いほどに人間そのものになっています。

人間とアンドロイドの区別の境が曖昧になっていくような描写は、『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』を思い起こさせました。

シンギュラリティを迎えた時代の小説として、非常にリアリティある描写がたくさん見られます。

感想③AF(AIロボット)を通した一人称の描写

カズオ・イシグロの一人称小説といえば、その類まれな技巧が人気です。

『クララとお日さま』ではAIロボットを通した世界が描写されています。

代表的なところでは、クララを通して見る世界はブロックと呼ばれる単位で分割されていて、ブロック単位で認知されています。

これはおそらく、人工知能を搭載したドローンが空間を把握するのに機械学習を必要とするように、クララもまた世界をブロック単位で機会学習をしているのだと思います。

あるいは、フィルムカメラの写真の最小単位が粒子であるのに対し、デジタルカメラの写真はピクセルにより描写されることを思い起こさせます。

非常に学習能力が高く人間と遜色なくみえるクララですが、このような視点が描かれるさいに、人間ではなくAIロボットなのだとハッとさせられます。

そして、そんな語りそのものが伏線になっていると同時に、語りにはクララの深い心理が丁寧に編み込まれています。

イシグロは小説内で心理描写をするのではなく、語りそのものから心の底の深い心理を読者にイメージさせます。
それにより人間の語ることのできない孤独を掬いだしているのですが、今作でもAIロボットであるクララのもつ深い孤独がクライマックスに向けて浮き彫りになっていきます。

イシグロがノーベル文学賞を受賞した際のスウェーデン・アカデミーの評価として下記のコメントがあります。
「壮大な感情の力を持った小説を通し、世界と結びついているという、我々の幻想的感覚に隠された深淵を暴いた」

AIロボットという人間ではない存在だからこそ、今回この深淵はより際立っています。

感想④回収されない謎が残る

もしかしたら私が見落としただけなのかもしれないのですが、作品内にはいくつか謎が残されます。

リックの母親がイギリスを懐かしむような発言をしているが、作品の舞台はどこなのか?

リックは過去形でイギリスだったというような表現があるが、イギリスは存在しないのか?

向上処置を受けた子供とそうなでい子供の違いとは?

ジョジーたちはなぜ辺鄙な場所で暮らしているのか?

ヘレンの感情が安定しない理由は?

クーティングズ・マシンとは?

ポールがクリシーたちに告げた、いずれそこも同じようになるとは、どういう意味なのか?

マクベインさんはなんのために納屋をもつのか?

最後の奇跡はなんだったのか?

AFは最終的にどうなってしまうのか?

まとめ『クララとお日さま』

この小説はクララの視点から語られていきます。

AFであるクララは、ジョジーが寂しさを感じないように最善を尽くすことが最良のサービスだと考えています。

そして、様々な人を観察していますが、ジョジーの寂しさと関わりのない箇所に関しての謎は回収されません。

クララとジョジー以外の人たちも、小説内の社会がもたらす歪によって、それぞれに生きづらさを感じています。

社会がもたらす差別や偏見に苦しみながら、自分もまた別の誰かに偏見をもっています。

そうした自分たちの生き辛さの要因が、それぞれの口からときどき語られますが、その詳細な意味が読者に明かされることがはりません。

皆んなが寂しさを抱えているにも関わらず、社会の歪を乗り越えて近づくことができません。

誰かが抱える孤独を他人が理解することができないように、クララの視点で語られた本小説は、別の登場人物の孤独をひもとかないのだと思います。

誰もが自分の孤独に自覚的になることでしか、誰かの孤独を推し量ることはできないのかもしれません。

本作品で描かれているのは、クララがジョジーに向ける母親のような無償の愛と、それゆえの孤独ではないでしょうか。

打算的で合理的な社会の先で、人は胸いっぱいの愛情を与えてくれる存在を求めてAFを生み出したのかもしれません。

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クララとお日さまAudibleの画像
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『クララとお日さま』は読み放題の対象外ですが、忙しい方や紙で読んだ方の再読におすすめです。
(ちなみに私もAudibleで『クララとお日さま』を読んでいます。)

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ねづ店長のワンポイントアドバイス

アンドロイドのかかえる孤独、分かるなぁ。僕はゆーうつ君にとってのAFみたいなものかも。のび太にとってのドラえもんもまたしかりだね。


Photo1 by Niko Romo on Unsplash

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