『シェルタリング・スカイ』あらすじと感想|映画版と原作から

『シェルタリング・スカイ』はポール・ボウルズにより1949年に小説として発表され、1990年にベルナルド・ベルトルッチにより映画化された作品です。

3名のアメリカ人が戦後間もないサハラ砂漠を旅する物語で、その圧倒的な情景描写と旅というものがもつ根源的な体験を描いたことで不朽の名作となりました。

かつては「極地の空」と訳されていました。

私はこの作品が好きで繰り返し読んでいます。

今日は『シェルタリング・スカイ』を小説と映画の両方から紹介します。

シェルタリング・スカイとは?

シェルタリング・スカイの文庫版

『シェルタリング・スカイ』は1949年にポール・ボウルズにより小説として発表されました。

3人のアメリカ人が北アフリカのサハラ砂漠を旅し、三者三様の結末を迎える物語です。

当時からベストセラーとなり、戦後アメリカ文学の旗手として注目を集めます。

1990年のベルナルド・ベルトルッチによる映画版は、その美しい映像美と坂本龍一による幻想的な音楽が魅力です。

作者のポール・ボウルズについて

作者のポール・ボウルズは1910年のニューヨーク生まれです。

幼少期から声楽や音楽理論を学び、ストラヴィンスキーやエリック・サティの影響をうけて育ちました。

1930年に初めてのソナタを完成、音楽家としてデビューし、ジョン・ケージらとの交流をもちます。1937年にはテネシー・ウィリアムズの劇音楽をつとめるなど、音楽家としての地位を確立していきます。ポール・ボウルズはまず、音楽家として世に知られることになりました。

1938年には作家のジェイン・アウアーと結婚。
ニューヨークで音楽家としての地位を築きあげようとしていた1947年、彼はジェインとともにモロッコのタンジールへと移住します。それは思いつきのようなものではなく、彼らはタンジールを終の棲家とし、ジェインは1974にポール・ボウルズは1999年にそこで死去しました。

ポール・ボウルズが小説を書き始めたのは、ジェインからの影響ともいわれていて、1945年に最初の短編集を発刊します。

そして、タンジールへ移住した2年後の1949年に初の長編作品である『シェルタリング・スカイ』を発表しました。
日本でも1955年に翻訳され、1990年にはベルトリッチ監督のもとで映画化されています。

この作品が与えた影響力は凄まじく、バロウズやギンズバーグは彼を慕いタンジールを訪れ、1950年代のビートニクス文学への興隆へと繋がっていきました。

シェルタリング・スカイのあらすじと感想

では、ここからシェルタリング・スカイのあらすじと感想を紹介します。

あらすじにはネタバレを含みます。

映画版は小説版と比べるとカットされているシーンがありますが、大筋のあらすじは一緒です。

あらすじ

第二次世界対戦からまもないある年、ニューヨークの資産家階級に属するポートとキッドのモレズビー夫妻と、その友人のタナーという男が、北アフリカの港町からサハラ砂漠の奥地へと旅をしていく。
 
彼らは船に乗って北アフリカへとやってきた。ポートはこれまで戦時中にヨーロッパと近東、戦争中は西インド諸島と南アメリカを旅したことがあった。最初の港町へもポートのアイデアで訪れた。
 
ポートとキットは、12年におよぶ結婚生活のほとんどを旅の中で暮らしていた。二人は倦怠期にあり、心ではその解消を望んでいたが、なかなか上手くいかなかった。
 
タナーは美男で人受けのする男だった。モレズビー夫妻よりはいくらか若かった。ポートに誘われ今回の旅に同行したが、キットに魅力を感じていて、旅の当初からアプローチをかけていた。
 
次の街へと移動するときに、ポートは列車移動を嫌い、たまたま出会ったイギリス人母子の車に便乗する。キットはタナーと列車移動し、そこで二人は一夜を共にすることなる。ポートは二人の関係を無意識下で認識をし、激しい嫉妬を抱くようになる。
 
3人は北アフリカの大地を転々としながら、少しずつサハラ砂漠の奥地へと移動していく。ポートはタナーへの嫉妬に耐えきれなくなり、タナーをイギリス人母子と行動するように仕向け、キットと二人で更に砂漠の奥地へと逃げるように向かっていく。
 
やがてポートは体調を崩し、さらにイギリス人母子に騙されてパスポートを盗まれていることに気づいて心身ともに衰弱していく。キットは病院を探すが適当な場所が見つからない。フランス警備隊の屯営に場所を借りるが、環境は悪く、ポートはやがて死に至る。
 
イギリス人母子から離れ、ポートのパスポートも手にしたタナーが二人のいる街へとやってくる。キットは再開を喜ぶが、その日の夜のうちに屯営を抜け出し、行方をくらます。以降、タナーはフランス警備隊やアメリカ領事館にキットの捜索を求め、見つかるまでサハラ砂漠に滞留を続ける。
 
漠然とした衝動を頂いたキットは、街を出て砂漠へと向かう。そこでアラビア人の隊商に出会い、彼らと行動を共にする。旅の途中、キットは隊商の長であるベルカシムに強姦されながら、彼に心を許していく。
 
隊商の街へと到着し、キットはベルカシムの後宮に入れられる。寵愛を受けるが、彼の3人の妻の嫉妬をかい、居場所を失う。やがて後宮を抜け出し、再び放浪する。
 
スーダンでフランス警備隊にキットは救護される。みすぼらしい格好で、パスポート以外の所持品を失っていた。飛行機で最初の港町へと移動し、アメリカ領事館の女に引き取られるところで物語は終わる。

サハラ砂漠でお茶を

作品内には魅力的なエピソードがたくさんあるのですが、その内の一つが「サハラ砂漠でお茶を」です。とあるアラブ人の男がポートに語るエピソードです。

3人の貧しく若い娘たちがいました。彼女たちはサハラ砂漠でお茶を飲むことを夢見ながら、カフェでみにくい男たちを相手に踊っています。ある日、美男子が踊り終わった彼女たちに銀貨を一枚ずつ渡しました。彼女たちはそのお金でティーポットとグラスを購入し、バスの切符を買います。意を決してサハラ砂漠に向かいました。

彼女たちはいつも悲しげだった。ある日、彼女たちは言った。『わたしたちは、こんなふうにして終わってしまうんだわーいつも悲しいことばかり、サハラでお茶を飲むこともできずにーだから、とにかくもう出ていかなくちゃならない。お金がなくてもいいから』

『シェルタリング・スカイ』

彼女たちは、砂丘へたどりつき、懸命にのぼった。頂上までのぼりつめたときには、疲れ切ってしまった。娘たちは言った。『ひと休みしてからお茶をいれましょう』

『シェルタリング・スカイ』

短いながらも、印象的で儚いエピソードが語られます。

映画にはない、小説のみで語られるエピソードです。ぜひ、実際の文章を読んでみてください。

スティング率いるThe policeがこのサハラ砂漠でお茶をのエピソードから、『Tea in the Sahara』という曲をつくっています。

原作を引用しながら、切ないラブソングになっています。

旅行者と観光客の違い

作中で面白いのは「旅行者」と「観光客」との違いを説明しているシーンです。

自分は観光客ではなく旅行者に属する、と彼は思い込んでいたが、彼の説明によると、この両者には一つには時間の点で相違している。観光客というものは、おおむね数週間ないし数ヶ月ののちには家へ戻るのに対して、旅行者は、いずれの土地にも属さず、何年もかけて、地球上のある場所から他の場所へとゆっくり移動する

『シェルタリング・スカイ』-p11

作者のポール・ボウルズは「旅行者」と「観光客」を分け、登場人物にもそれぞれに役割を与えています。

その違いにより、ポールとキット、タナーの3名は別々の結末を迎えることになります。

この違いは映画版でもふれられていて、作品の中でも重要な示唆の一つになっています。

ちなみに、過去にこの2つの違いについて考察した記事があります。
(記事内では旅人と観光客に分けています)

» 旅人と観光客の違いを考える。ポール・ボウルズ『シェルタリング・スカイ』

サハラ砂漠の表現

サハラ砂漠を舞台にした作品のため、サハラ砂漠の描写が随所にあります。

その情景描写や、心理表現がとても良いです。

峠へ近づくにつれて、早くも彼方の、はてしもない沙漠の平原が見えてきた。ところどころするどくとがった岩が表面に突き出していて、無数の巨大な魚が背鰭を立てていっせ いに同じ方向へ泳いでゆくように見える。

『シェルタリング・スカイ』p130

こちらは岩石砂漠の描写ですね。砂漠には砂砂漠や礫砂漠、岩石砂漠などに分かれていて、サハラ砂漠の80%は岩石砂漠と呼ばれています。

沙漠があまりにも強大な存在であるがゆえに、それを人格化して考えずにはいられなかったのである。沙漠 ――その沈黙自体が、それを宿らせるなかば意識的な存在の暗黙の承認のようであった。

『シェルタリング・スカイ』p340

登場人物のタナーの心象がサハラ砂漠を通して説明されています。

風景の描写以外にも、こうした心理描写から、サハラ砂漠というもののイメージが語られていきます。

映画の『シェルタリング・スカイ』でも、とても美しい砂漠の風景がおさめられています。

夕暮れのシーンでは思わず息をのみます。

旅というものの本質

なぜ、人は旅にでるのでしょうか?

『シェルタリング・スカイ』には旅にでることの本質が描かれています。

帰還が困難になるほどまで、あるべき社会を離れ、旅へとでていく者。文庫版の『シェルタリング・スカイ』で解説されていますが、あまりにも遠くへ行ってしまったものの姿が描かれています。

そして、ブランショの『文学空間』を引用して「文学の根源的な体験」と評しています。

観光客としてポートとキットの旅に同行し、耐え難い不衛生な環境にはきちんと疑問を差し挟むタナー。ポートの旅に長年同行しながらも、いずれはニューヨークに戻って日常生活を送ることを考えているキット。帰ることを前提にせず旅を続け、究極のものを求めるポート。

『シェルタリング・スカイ』はこの三者の違いから、旅がもつ魅力とその混沌とした怖さを描いています。

個性豊かな脇役たち

ポートとキット、そしてタナーの他にも魅力的な登場人物がでてきます。

特にイギリス人母子であるエリック・ライルとその母のライル母子は作中に混沌をつくりだします。

エリック・ライルの無軌道さに呆れながらも、タナーへの嫉妬からポートは彼をはねつけることをせず、うまいこと利用しようとします。

特に映画版のエリック・ライルはその気味悪さが表現されています。ラスト・サムライにも出演するイギリス人俳優のティモシー・スポールが演じているのですが、エリック・ライルが登場するだけで腹立たしくなるほどの名演を見せています。

シェルタリング・スカイを読む、見るために

小説

小説シェルタリング・スカイは絶版で、現在のところKindleなどの電子版はでていないので、Amazonの中古で購入しました。

» シェルタリング・スカイ 新潮文庫

※2023年4月時点ではAmazonで3,000円以上に高騰しており、復刊かKindleでの配信を待ちたいですね。

映画

映画は2023年4月時点だとAmazonプライムやNetflixでの配信がありません。

しかし、DVDとBlu-rayの映画版は、メイキングが充実していて、おすすめです。

ポール・ボウルズへのインタビューなどもあり必見です。映像美が綺麗で、モロッコやサハラ砂漠に行きたくなるかと思います。

» シェルタリング・スカイ blu-ray

» シェルタリング・スカイ DVD

サントラ

映画『シェルタリング・スカイ』のサントラは坂本龍一さんが担当しています。

表題曲はSpotifyなどでの配信がありますが、映画の公式のサントラは見つかりませんでした。

CDも廃盤のようで私はAmazonで中古で手にいれました。

ねづ店長のワンポイントアドバイス

のちのビートニクの文学にも影響を与えたポール・ボウルズの名作。1950年ころのアメリカ人の気分が感じられるし、サハラ砂漠の圧倒的な描写が魅力だよ。これを観念と呼ぶかリアルと呼ぶか、読む人によって受け取り方が異なるんじゃないかな。

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